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あなたという最高の花をあなたらしく開花させるために“自己表現のあり方が未来の自分を創る”

話し方を学ぶことで積極的な自分に変わる

私が大学で担当している授業は、人前での自己表現能力を伸ばす科目です。分かりやすく言えば、スピーチの実践授業です。 「スピーチ」と聞いて、最初に心に浮かぶ感情は、どんなものでしょうか。多くの人が、苦手意識や嫌悪感を抱くのではないでしょうか。 私が勤務する大学では、スピーチの授業が必修科目として全学生に課せられています。授業を受けている学生からは、最初のうちは、スピーチがある日は朝から憂鬱で仕方なかったとか、なんでこんな授業を受けなければならないのだろうと思ったといった声が多く聞かれます。 ところが、数週間もたたないうちに、学生の表情がどんどん明るくなっていきます。それまで、人前で話す力は生まれつきのもので、自分には才能がないから無理だと思い込んでいた学生が、授業を通して話し方のコツを学び、スピーチ訓練の経験を積むことで、少しずつ自分が成長していっていることを自覚するからです。つまり、やればできるということを、体験を通して実感するのです。 「スピーチなんて絶対できないと思っていたけれど、やってみると意外に面白かった」「生まれてからずっと人前が大嫌いだったのに、今では楽しくなってきて、その変化に自分が一番驚いている」「出来ないのではなく、出来ないと思い込んでいただけだった。出来る自分に生まれ変わっていく楽しさを知った」などという感想が寄せられています。 人は自分の存在意義を感じたとき、生きる喜びを味わいます。自らのことばで自分を伸び伸び表現し、そんな自分を他者が認めてくれることは、自己表現の楽しさを実感できる瞬間です。本来、人は自分を発信し、他者から承認されたいものなのです。 こうした喜びに目覚めると同時に、それまで苦手だったものを克服できた達成感は、その人に自信を与え、積極的な生き方へと導いていきます。この授業がきっかけで、何事にも前向きに臨めるようになったという感想もよく聞かれます。

人前で話す力は、訓練で開発されるもの

私たちは、物心ついた時にはいつの間にか話しことばを操れるようになっているため、「話す」ことは、「書く」ことのように学習するものではなく、自然に獲得されていく能力と捉えがちです。実際、これまで学校教育の中では、「読み」「書き」が重視され、「話す」教育が疎かにされてきました。 しかしながら、「話す」ことも、話しことばの特徴を踏まえた、分かりやすい話し方の表現技術があり、それを学んでいくことで、より豊かな自己表現が出来るようになります。 私たちが人前で話すことに苦手意識を抱くのは、才能がないからではなく、話し方の訓練を受けてきていないからです。やったことがないから、人前が怖いだけなのです。それを、自分には才能がないと決め付けて最初から諦めてしまうのは、自身の可能性をみすみす葬ってしまうことであり、未来の自分に対して罪深いとすら言えます。 人前で話す力は、やる気と訓練次第でいくらでも伸ばせる能力です。やったことがないから出来ない、出来ないからやりたくない、やりたくないからずっと出来ないままといった悪循環を放置せず、苦手なものを一生苦手で終わらせないために、自分の隠された能力を開花させる勇気を是非持ってください。 私たち人間が社会の中でしか生きられないことを考えれば、自分を人に伝えていくこと、つまり、話す力に自信があるということは、一生の財産になる筈です。

社会が求める話す力

企業が新卒採用の選考時、何を一番重視しているか、ご存知でしょうか。実は、コミュニケーション能力なのです。日本経団連の調査によれば、過去8年間、コミュニケーション能力が1位になっています。(2011年9月現在) 人前で話す訓練を受けている学生は、コミュニケーション能力も高い傾向にあります。ことばのセンスが磨かれ、話す力、聞く力、考える力が総合的に養われるからです。 私が担当するスピーチの授業には、基礎クラスと応用クラスがありますが、中でも、応用クラスの受講者からは、授業が就職活動に役立ったという声がよく聞かれます。 基礎クラスの場合、人前で話すことに対する苦手意識を克服することが一義的な教育目標ですが、応用クラスになると、聞き手に正確に分かりやすく説得力をもって伝える力を養っていくことになります。応用クラスでは、単に自分が言いたいことが言えるだけではなく、聞き手に理解され、共感されるスピーチを目指します。「情報提供のスピーチ」「説得のスピーチ」「ユーモアのあるスピーチ」「即興のスピーチ」などを学んでいきます。 就職活動に役立った例として、次のようなものがあります。役員面接でその会社の商品を売り込むプレゼンテーションを突然命じられ、「情報提供のスピーチ」や「即興のスピーチ」の訓練を生かして落ち着いて発表出来たことで内定がもらえた例や、グループディスカッションでの皆の意見をまとめて論理的に発表したところ、社長から話す力を高く評価され内定に結び付いたケースなどがあります。そのほか、似たような事例がたくさん報告されています。 就職後も、職場で話す力を評価されたという例は少なくありません。話す力が抜きん出ていたことで、仕事上で大抜擢されたケースもあります。たとえば、同期の中でただひとり人事部に配属され、入社一年目にして企業説明会をひとりで任されたという事例も複数あります。中には、社会人一年目ながら2時間の説明会を50回担当し、参加していた学生が話の内容に涙するほど感動的なプレゼンテーションを披露して評判になったケースすらあるのです。 人前で話すことに苦手意識を持っている人が多いからこそ、この分野で優れた力を発揮できれば、それだけ組織から注目され、活躍の場も広がってくるのです。

人前での自信が印象を左右する

スピーチの応用クラスの学生から、就職活動で内定をもらったという報告が多いのは、話す訓練を積むことで、咄嗟の質問やプレゼンテーションにも臨機応変に対応できる力が身に付いたからでもありますが、そのほかにも、指摘しておきたい重要な要素があります。 それは、面接時における「自信」です。よく面接は、最初の数秒で勝負が決まると言われます。私も多くの模擬面接を担当してきましたが、そのことを実感しています。第一声にその人が持っているものがそのまま表出するのです。面接会場に入室して、最初の自己紹介のひとことを言っただけで、その人の印象が決まってきます。そこでどれだけの好印象を得られるかが鍵になります。 自信に溢れた人は、内側から輝きを放っています。自信とは、過信でも驕りでもありません。それ以上でもそれ以下でもない等身大の自分を把握していることから生まれるものです。ありのままの自分でいることの素直さや潔さ、精一杯の自分で相手に向き合おうとするひたむきさや清々しさ、自分で自分を適切に評価できることからもたらされる力強さや信頼感、更には人間的な厚みやぬくもりが、自信を持っている人からは自然に漂ってきます。 その人がその人らしく生きている様子は、自分を最大限生かしきっている充足感となって、その人から滲み出てくる空気が伝えます。そして、そんな姿に、思わず見ている側も共感を覚えるのです。

自分を知ることで生き方が変わる

こうした自信は、どこからもたらされるのでしょうか。 自己表現の訓練を積んできている学生の場合、スピーチ経験が豊富がゆえに心理的な余裕が生まれるという側面も勿論あるでしょう。しかしながら、それ以上に、自己表現のあり方に映し出された自分という人間の横顔を徹底的に検証することから得られた産物が、自信なのです。 つまり、自分のものごとの捉え方や考え方、心の癖までもを知り、自分がどういう人間なのかを理解しようと努め、自己観察、自己発見、自己洞察を徹底的に重ねてきたがゆえの結果です。 これは、スピーチの実践授業で、発表の様子をビデオ撮影し、音声をICレコーダーで録音するという手法によって、自分を客観的に振り返ることを繰り返してきたこととも大いに関係があるでしょう。こうしたトレーニングを通して、自己分析や自己探求の視点が自ずと養われ、スピーチを離れても、普段から自分を点検する意識が培われることになるからです。 話し方には、その人の考え方や生き方がそのまま反映されます。自己表現における自分の姿をひとつの手掛かりとして、自分という人間を深く掘り下げていきます。そこには、見たくない自分、情けない自分、認めたくない自分がいます。それでも、それが自分のありのままの姿なのです。 そのことを本当に受容出来たとき、人から良く思われようとして格好をつける自分ではなく、己の実態に即した自分でいられるようになります。そして、そのときこそが、自分が有している才能、資質、個性を最大限に発揮できるときでもあるのです。理想像を自分に重ね合せてしまい、自己イメージと自分の実態が乖離している間は、自分を十分使いこなせないのです。 このようにして、自己認識を新たにした学生からは、スピーチの授業を通して生き方が変わったという声が聞かれます。それは、単に人前で話す技術を習得したということではなく、自分自身の捉え方が変わったことで、本来の自分でいる心地よさを知ったということです。そして、それは、己を確実に生きているという充実感を生み、その人の人生をも変える力を持っているのです。

生きる上での基本的欲求と自己実現

私たちの生命活動は、何かしらの欲求に根差して営まれています。アメリカの心理学者、アブラハム・マズローは、人間の基本的な欲求を5段階に分け、「欲求段階説」を提唱しました。欲求は低い次元のものが満たされると、高次元へと段階が上がっていくというものです。 もっとも低次元の欲求は、水や食料、睡眠など、生きていく上での根源的な欲求である「生理的欲求」です。 次は、肉体的、精神的、経済的に、安全に暮らせることを欲する「安全の欲求」です。 その次になると、集団に帰属し、愛を得たいと思う「帰属と愛の欲求」が生まれます。 更にその上の段階では、他者から自分を認めてほしいと思う「承認の欲求」を持ちます。 そして、もっとも高次の欲求とされるのが、自分の能力を発揮して目標を達成したり、自己成長を求めたりする「自己実現の欲求」です。 私たち人間が自分の生を全うし、人間としての能力と可能性を最大限発揮していくことがもっとも高次の生き方であるなら、私たちが目指すべきは「自己実現」ということになります。つまり、すべての私たちの行動は、最終的な目標として、自己実現に向かってなされるべきものという風に考えられます。

すべての自己表現は自己実現のためにある

自己表現も然りです。私たちが自分を表現したいと思うのは、その先に、なりたい自分のイメージがあるからです。自分を知ってほしい、自分を認めてほしいと思う気持ちは当然の欲求であり、そのために私たちはことばや体を使って自分を表現していきます。 自己表現の究極の目的が、なりたい自分を創り上げていくことであるなら、今繰り出すひとことひとことが、自分を形成し、未来の自分に繋がっていくという意識を持って、普段から言語行動を取るべきでしょう。つまり、未来の自分、なりたい自分に相応しい自己表現を行うことが大切です。 そんな気持ちが持てれば、同じ「話す」という行為でも、話し方や態度、心構えさえ大きく異なってくることでしょう。そして、そんな一瞬一瞬の積み重ねが、あなたという人間をことばによって確立していくことになります。 今踏み出す一歩は、未来の自分に向けてのプロセスです。生きていくことそのものが、思考の流れであり、自己表現の連続であり、ことばによる自己認識の過程です。 自己表現は、最高の自分を極め、なりたい自分を実現するために行う行為であるということを、常に意識するようにしてください。あなたのことばが、きっと、生き生きと輝きを増してくるはずです。そして、そうした瞬間の積み重ねが、あなたという最高の花を見事に咲かせていくことになるのです。

自己表現の具体的な手法については、拙著『自分を活かすコミュニケーション力』で詳しく述べています。ご関心のある方は、そちらをご参照ください。

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